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‘日常’ カテゴリーのアーカイブ

献血90回目

2011/12/26

クリスマスイブの夕方にアスティでやりました。

さすがにガラガラですぐに採血

血圧、比重とも問題なし

とうとう目標まであと10回だ。

 

 

親父の実家

2011/12/07

実家の写真を整理していたら出てきた。

父親の出身は鴻之舞というところで昔は金が取れたところのようでずいぶん賑わっていたようだが自分が生まれた頃には金山が廃鉱になって

街自体が無くなった。

旅館をやってたということは聞いていたのだが実際に写真で外観を見るのは初めてだ。

伊藤旅館

 

 

 

シーカヤックの旅人

2011/10/10

高校の同級生の写真を見てきた。

 

ほくせんギャラリー・アイボリー

 

細田直之

(本人による解説がなかったので他人様の引用)

 

写真も興味深かったが、スライドを使用しての撮影時の状況や経緯が面白かった。

あれを聞いてから写真を見るともっと面白いと思う。

 

  • 現在の札幌の”熊ブーム”より確実にそこらへんに普通にいる熊出没地帯での危険な所でのキャンプ
  • 森林限界の話
  • Belugaの話
  • イミグレーションの失敗話
  • 全く英語が通じないところで、ボディラングエッジと笑顔だけで過ごす日々
  • 日常のオーロラ
  • 世捨て人”マウンテンマンの”人恋しい話
  • 白夜
  • エスキモーと日本人(とても友好的らしい欧米人とは比べ物にならないくらい)
  • 植村直己が尊敬されている
  • 北極圏の紅葉は、全て 黄色 水はとても住んでいる

 

こんな身近に冒険家がいたというのはびっくり

冒険家で企業等にスポンサードしてもらって、資金を集めている人もいると聞きますが

そんなにたくさんの資金もいらないみたいなので

こんなに面白いなら、本人は不得手かもしれないがお金もらっても来た人を満足させられると思うので

それで多少お金稼いで、是非次の所で面白い経験をしてきてもらってまた、話を聞きたいと思う。

 

 

 

 

友人が個展をやります。

2011/10/07

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明日10月8日から10日まで高校時代からの友人が個展をやります。

お時間ある方は是非立ち寄ってみてください。

詳しくは下記リンクをご覧下さい。

南空知画廊プレゼンツ 第一回南空知名人会

ARIA ZZ DELUXE BASS

2011/06/30

この間、実家に行ったら玄関の横に要らない物とおぼしき、古いPCとかガラクタが積み上がったたんですが
よく見たら、高校時代に買ったベースも一緒に積み上げられていて危なく廃棄処分になるとこでした。
さすがにこれだけはとっておいて欲しいとお願いして処分されずにすみました。

ネットでググッてもベースで同じのが無いので同型のベースをノリノリで弾いている動画でご紹介します。

なんか、気持よさそうです

korgのMS-10アナログシンセも危なく捨てられるとこでした

amazonさんどうして?

2011/06/06

amazonで詳細な配送履歴を見たら

近畿方面で行ったり来たりしてるけど仕様なんでしょうか?

ここは札幌なんですが..

 

日付 商品所在地 配送ステータス
2011/6/5 大東市 大阪府 JP お近くの配達店まで輸送中です
2011/6/4 八幡市 京都府 JP お近くの配達店まで輸送中です
2011/6/4 東大阪市 大阪府 JP お近くの配達店まで輸送中です
2011/6/4 東大阪市 大阪府 JP お近くの配達店まで輸送中です
2011/6/4 大東市 大阪府 JP 配送センターから出荷しました

息子が骨を折りました

2011/05/30

サフラン公園で振り向きざまに遊具に手をぶつけて小指を痛めて病院行ったら、骨折の診断

加害者なし

明日、全身麻酔で円山のほうの整形外科で手術

1泊二日の手術入院だそうです。

 

補助輪

2011/05/14

娘が中学校に上がったが、やはり小学校と違って行動が一段階大人びたような気がする。
親という名の補助輪外す時期が間近に迫っているようで、嬉しいような悲しいような..

父の最期の3週間 覚え書き

2011/04/22

以下は自分への覚え書きです。思い出したら書き足してます

3月24日

  • 朝方、母が父の事を「もう長くないかも知れない」と自分に伝える。このときはいつもの母親の大げさな表現でちょっとひどい肺炎にでもなったのだろうとたかをくくっていた。この時より家族にとっての父の最期の3週間が始まる。

3月25日

  • 体調が悪いためかかりつけ医に行く
  • 医師に2~3週間の検査入院を勧められるが本人が拒否

3月26日

  • より体の状態が悪くなったので再度病院へ行く
  • 医師により強く検査施設の整った病院への検査入院を進めるがまたしても本人が嫌がる
  • しかし、家族と医師の説得に折れて入院を承諾。すぐに紹介された病院へ入院。

3月29日

  • かんたんな検査の結果、心臓の心膜の間にある心嚢液というのが通常の人より多くなっており心臓を圧迫し心臓の動きを阻害し危ない状態なのですぐにでもその水を除去する必要があるとのこと
  • 其の手技に必要な機械をただいま取り寄せていいるが緊急を要するということなので近くの医大に行けばその手技がすぐに可能ということなので急遽転院することに
  • 医大の内科に搬送
  • 容態がさらに悪化し、担当医師が人工呼吸か予定していた手技(心嚢液除去)のどちらかの判断で悩んだらしいが心臓と心膜の間に針を刺し心嚢液を取ることを判断し実行
  • 結果、最悪の状態から少し安定し持ち直す
  • この時、人工呼吸(挿管)をも実行していたらその後意識があるにも関わらず父親との意思疎通もできずに最後を迎えたと思うとこの判断にとても感謝
  • 処置後、説明のためすべての家族(母、息子3人)を呼ぶように担当医師に進言される
  • 三男が東京より帰札
  • 8時頃 母を含めた4人が医大に集合
  • しかし、大震災のため担当医師が宮城県からの緊急ヘリによる搬送患者を急遽担当することになって、1時間30分ぐらい説明開始が伸びる
  • 医師の説明によると、かなり重篤な状態であり血液検査及び心嚢液の検体からの現在判明している数値で判断すると、おそらく癌性のものであり転移している可能性が高く、あまり長くは無いとのこと
  • 詳しい診断結果はもっと後になるが、体調の回復を待って必要と思われるCTやよりくわしいレントゲン等の検査を行い癌性のものでであればどこが原発(最初の癌性発症部位)を特定するとのこと
  • 悪性であれば段階はステージ4相当であるとの認識
  • この段階では癌での治療法としての抗癌剤、放射線治療は体力的に死期を早めるもしくは父に余計な苦しみを増やすことが考えられるので勧めはしないとのこと
  • それを受けて家族的にはさらなる痛みをともなう治療、死期を早める治療は行わないことで了解
  • 延命治療(人工呼吸・人工透析など)の件については、以前より夫婦で話がされていたのか母が即断で不必要告知の旨を伝える。息子3人も合意
  • 正式な検査結果がでた段階(もしステージ4の癌なら)での本人の告知の有無に関しては母が知らせないで欲しいと回答。息子3人も了解
  • すべての説明をA4用紙に丁寧に図解付きで3ページ分書きながら素人にも分かりやすいように解説してもらい、父の死期が近いことを家族全員が覚悟する
  • 医大を出てびっくりドンキーで食事、今後の対応を相談
    • 父の兄弟にその旨を電話連絡する
    • 万が一の葬儀の為の情報収集や準備
    • 病院の対応
    • 加入しているがん保険、入院保険の確認

3月30~4月1日

  • 連絡していた父の兄弟や親交のあった人たちがかわるがわるお見舞いに来てくれた
  • 札幌にいる父の弟は何度となく足を運んできてくれた
  • 心嚢液を吸いだすカテーテルのおかげで苦しくなる前に水を除去できるので本人とても楽そうだ
  • 異常値をだしていた血液検査も正常とはいかないまでも、点滴や薬のせいなのか転院当初よりはかなり改善したようだ

4月2日

  • 三男 東京へ帰る

4月6日

  • 医大での検査結果がでたとのことなので、三男を除いた家族で担当医師より説明を受ける
  • 医師により父に「これから検査結果の説明をします」と問いかけたが、自分はいいので家族に説明してくださいと答えたとのこと
  • 午後の5時の予定で説明だったのでが、その時間を父は知っているらしく4時頃から時計をみてそわそわしだし、脈拍を示すモニターの数値もときより上がったようだった
  • 説明をしてくれるのは呼吸器科の医師(今までの担当医師とはちがう)
  • 事前に用意してくれた用紙を見ながら説明
    • 肺癌の疑いが濃厚(肺癌は死亡後に解剖でもしないと決定)
    • 心嚢液の検体から顕微鏡により腺がんを発見
    • 肺がんによる癌性心嚢膜炎

 

  • やはり抗癌剤などの痛みが伴いかつ死期を早めるような治療は見合わせたほうが良いとのこと
  • 告知はしないのでホスピス(終末に特化した施設)は無理
  • 医大ではこの段階では、おいておけないので転院を要望された(先にこちらからも聞いてみた結果)
  • 一応、医大の前に入院していた病院に話はしてあるようで、週明けに転院できるかもしれないとのこと
  • 余命は1,2ヶ月でしょうとのこと
  • うちの場合の死因はどうなるだろうかとの質問には「おそらく呼吸器不全だと思いますが心臓も他の臓器にも転移しているので一概には言えないとのこと」
  • レントゲンにより背骨の一部にも転移していることが判明、神経まで侵されると痛みがでるかもしれないとのこと(たしかに一部の背骨の形が崩れていた)
  • 以上を受けて医師よりの説明はうけたことを知っている父に説明することに
  • 母はその場に自分がいるとだめそうなので、自分と次男だけで説明することに
  • 肺気腫の重篤なものということにした
  • おそらく癌というのが一番聞きたくないだろうから、あえて「肺癌でなくてよかったな」といったのを覚えている
  • 治療をするにしても手術になるにしてもどちらみち今のままでは体力がまったく足りないのでここ何ヶ月かけてまずは治療ができるまでの体力をつけることを提言し父了解
  • ベッドがあったところは4つある内科の心臓に関する内科でそこは病室番号もない重篤な病棟内ICU的な場所だったので、結果がでたのでベッドを移さないといけないことを伝える
  • 本人は医大に移ってから、調子が良くなったのでここ(医大)がいいという
  • その件に関しては、空きベッドのこともあるし、ほかにも重篤の患者さんもいるのだから一応お願いしてみるが、転院しなきゃならない可能性もあるということで了解

4月11日

  • 午前中に医大から元の病院へ転院
  • 背中がリモコンで上下動する医大のベッドから手動式になったのがご不満のようで、リモコン式にして欲しいと頼まれる
  • 環境が変わったせいか少し疲れているようにも思える
  • 本人が暑がるが実際はそんなに暑くはない。個室なので窓をあける
  • 見舞いが住んで仕事中に先生から話があるとのことで母から電話
  • 先生とは今後の方針について説明を受ける
  • 提携病院で肺がんに強い病院があるので一度データを観てもらうようするとのこと
  • 延命治療の可否についてなど
  • 夜7時過ぎに長男家族で再び見舞いに行く
  • あいかわらずの容態で普通に冗談を言ったりして、安心して帰宅

4月12日

  • 0時過ぎに母から電話。容態が急変し一時心停止にもなったとのこと
  • 急いで車で病院へ
  • 到着したら、5時間前に見た時とは違ってとても息苦しそうにしている
  • 痰がからんでいるようで時折首をふり肩で息をしていた。目は開けないで声をかけても反応はしない
  • その状態で1時間半ぐらい経過して、それ以上の悪化も見られないので母を置いて一時帰宅することにした
  • 車で家の駐車場に止めたとたん母から電話。
  • 「本当にもうだめらしい」とのこと
  • そのままUターンして病院へ
  • 到着後、病室に入ると医師と看護婦が交代で心臓マッサージをしていた
  • もうほとんど自力で脈拍がでないらしい
  • マッサージ開始後、約1時間のち

同 午前3時38分

  • 医師より「これ以上の本人の自力での回復が見込まれないため 平成23年4月12日午前3時38分にお亡くなりになりました」と死亡宣告を受ける

御礼

2011/04/16

このたびは、父の葬儀にあたり皆様におかれましては大変忙しい中

ご会葬いただき、

また、過分なるご香料、ご供花、お供物をうけたまわり誠にありがとうございます。

みなさまのおかげを持ちまして無事葬儀を終えたことをご報告申し上げます。

慣れないことゆえ不義理があったかもしれませんがそこのところはどうか

ご容赦くださるようお願い申し上げます。